おひとりさまBLOG

「完璧」主義は大人の妄想

time 2016/10/23

「完璧」主義は大人の妄想

何事にも「完璧」を求める人がいます。

自分が行うことが全て完璧、自分の身の回りの環境が全て完璧、意見が完璧。

完璧に出来ないことは全て「悪」となるので、完璧ではない友達を見下したり、恋人にダメ出ししたりと、他人にすら完璧を求める人がいます。

では、なにかしようとしたとしても、自分の実力が伴わなず「完璧」な結果が得られないと分かっている場合はどうなるでしょうか。

「完璧」の結果にならないことがわかっているので、なにもしなくなります。

なぜなら、「完璧に出来ない」=「悪」だからです。

完璧を求める人は「悪」のことは出来ないからです。

ではなぜ、「完璧ではない」=「悪」という考えが出来てしまっているのでしょうか。

今回はそんな話しをします。

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「完璧」はすべて大人が考えるいい子の妄想から始まる

「完璧」の定義は何でしょうか。

ミスがないこと、欠点がないこと、なんの落ち度もないこと、等など・・・。

書けば書くほど、人間として生きて行くには程遠い言葉が出てきます。

なぜなら、人間はミスをする生き物だからです。

でも、ミスをする生き物なのに「完璧」を求める思考がどこで生まれてしまうのでしょうか。

それは、大人からこどもへ行う教育方法にあると私は思います。

 

大人はこどもへ、

「いい子なら親の言うことを聞きなさい」

「いい子ならテストでいい点を取りなさい」

「いい子なら明るくて素直で元気な子でいなさい」

「いい子ならいっぱい勉強をしていい大学に行きなさい」

といい子でいることを押し付けます。

 

逆を言えば

親の言うことを聞かない子は悪い子、

いい点数を取らない子は悪い子、

暗くて内気な子は悪い子、

勉強が出来ずにいい大学にいけない子は悪い子、

になってしまいます。

 

小学校のいい子の定義は「優等生」であることでした。

先生の言うことを聞く子がいい子。

100点を取る子がいい子。

運動会で活躍する子がいい子。

友達が多い子がいい子。

授業で発言をする子がいい子。

何かを率先する子がいい子。

 

逆を言えば、

先生の言うことを聞かない子が悪い子、

点数が低い子は悪い子、

運動音痴は悪い子、

友達が少ない子は悪い子、

授業でなにも言わない子は悪い子、

何もしない子は悪い子。

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「いい子」か「悪い子」の2つの定義しか大人から教わってきてないんです。

なぜ大人はこどもを「いい子」のほうが、大人が苦労しなくてすむからなんですね。

自分の言う通りには動かないこどもよりも、言う通りに動くこどものほうが可愛く感じるからです。

だから、おとなは「言うことを聞かない悪い子」に対して叱ったり怒ったりします。

でも、こどもは悪いことをしたから怒られたと思います。

そうすると「大人が求める子=いい子、怒られる子=悪い子」という「悪」の定義ができてしまいます。

でも人間は全てにおいて完璧にはできません。

全ての教科で100点を取り、運動でTOPクラスの成績を残し、なおかつ多くの友達に囲まれて・・・、

なんて一学年に1人いうるかいないかというレベルでしょう。

「親はこうしろって言うけど僕には出来ない・・・。なにかやって怒られるくらいならなにもしない・・・」という結論にいきつきます。

こうしてだんだんと「完璧」な結果ばかりを求める思考が頭にこびり付き、失敗を恐れた人間になってしまいます。

極端な例で言えば、勉強嫌いなのに親に「勉強していい大学いきなさい」と言われ続け、結果大学受験を失敗して親に怒られ「これ以上は怒られたくない」と引きこもって何もしなくなってしまいます。なぜなら、また大学受験をすれば試験に落ちて、また怒られるはめになるからです。

では、どうすれば「完璧」の思考を捨てられるのでしょうか。

まずは「失敗」を受け止められる人間になることです。

でも、「完璧」を求める人間が「失敗」を受け止めるのは相当難しいと思います。

ですので、「完璧」の定義を変えます。

それは

「完璧」=「失敗を認められる人間」

と思うことです。

あなたの回りでもこんな人いませんか?

  • 自分のミスを認めず言い訳ばかりの人
  • 自分のミスを他人に押し付ける人

こう言う人を見ていてカッコいい人間と思いますか?「素直にミスを認めればいいのに」と思いますよね。

もし、失敗の認め方が分からないなどあったら、身近で失敗を認めている人や瞬間にそれを見て覚えましょう。

最初は認めるフリ、謝るフリでいいんです。

そうすると相手も意外とあなたのことを受け入れてくれて、「あれ、失敗したけどたいした事なかったな」と感じるようになり、やがて失敗=悪とならなくなります。

自分の進路は自分で決める

先の例で受験勉強に落ちて怒られたくないから引きこもると言う話しを出しましたが、

この受験勉強は自分の意思で決めたことでしょうか。

恐らく親から「大学に行きなさい」と言われて決めた受験だったのではないかと思います。

もし、自分の意思で決めたなら親に怒られた以上に大学受験に落ちたことに落ち込むし、来年の受験に向けて勉強を頑張ったりすると思います。

あなたの人生は親の物でもありません。

あなただけのものです。あなたが失敗したものはあなたしか責任が取れません。

ですので、自分のやりたいこと、自分の実力に伴った進路を決めましょう。

関連記事「生き方を変えたかったら思考の幅を広げよう

結果は低めに目標を見積もっておく

何かをする前に「完璧」な結果を求めるのではなく、

「自分ならこの程度の結果は出せるかな」と低めに目標を見積もっておきましょう。

自分の実力以上の結果を求めると失敗する可能性があるが、低い目標なら失敗の恐れもありませんね。

むしろ、この程度の低い結果でも良いんだという成功体験ができるので、次回の目標設定も楽になると思います。

 

いかがでしたか?

自分の頭にこびりついた思考はなかなかはがせないものです。

まずは「失敗を認めること=完璧」をあなたの頭に植えつけて行きましょう。

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こーちゃ

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おひとりさまライフを充実させるべく、日々奮闘中。 現在、「おもしろおかしく、自分自身を楽しむ」に夢中です。



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